さり気なく…

最近友人達との会話に出る様になったのが

「親の老化現象にいかに向き合うか」でございます。

母にウィッグを買ってあげたら
喜んでケアに通う様になったとか

お風呂とトイレに
手すりをつけたとか

そんな話が増えてきました。

へぇ…と
あまり実感もなく聞いていたんですけれどもね。

先日、久しぶりに母に会いビックリしました。

電話ではしょっちゅう話していたので
元気だと思ったのですけれども
身体が確実に老いており
歩くのがやっとという状態。

車の免許も返上したと言う。

洗濯物を干す時に二階に上がりますから
「エレベーターをつけようか」と言うと

案の定の「そんなお金があるなら
貯金しなさい!
エレベーターなんて!勿体ないでしょう?!」

そうでしょうね。貴方らしい発言ですね。

生きるという事はそもそもが(修)業だから
階段の登り下りが辛いのは
有難い苦行だと言うわけですね。

元々は京都人ですから
あの芯の強さは私にはどうにも出来ません。

嫌がるだろうなぁとは思ったけれども
「私と暮らす?」には
絶対に嫌!だそうだ(苦笑。

私は友人達の様に
母に甲斐甲斐しく出来ないと申しますか
現実を受け止められないのが本音ですね。

母がだんだん老いていくのは
あまりにも辛すぎて
考えたくないのですね。

矯正のゆうこ先生のお母様に伺った話がございます。

お母様はご自分の姑様が94歳になるまで
寄り添っていた方でして

「とても頭のいい人で
毎朝、経済新聞を隅々まで読んだのよねぇ。」と
姑様の事を懐かしそうに話されておりました。

そして良い意味で強い女性だったそうで
所謂、年寄り扱いされるのを
非常に嫌ったらしい。

時々靖国神社にお参りに行くのが
姑様の慣しだったそうで
お母様はいつも同行したらしい。

ある日、姑様が90歳を過ぎた頃に
靖国神社の境内を歩いていたら
ちょっと転びそうになってよろけた時に
お母様の手をグッと掴んだ事があった。

その時にお母様は
「あぁ、やっと
私を頼りにしてくれる様になったのね。」と思ったそうで

それからは靖国神社の境内を歩く時には
さりげなくスッと腕を出すと
姑様がお母様の腕を掴んで
一緒に歩く様になったらしい。

さり気なくスッと出すのが
とても粋だなぁと思ったわけですね。

そんな話を思い出しまして
母の世話を頼まれてもいないのに
あれこれとするってのは
私の勝手な自己満足なだけなのかなぁと思ったりして。

色々な親子の関係がございますから
そのご家庭のやり方があると思います。

私は誰よりも長く
彼女と母娘の関係がありますから
うちの場合は
母がよろけて
私の腕をグッと掴んだ時に
さり気なく支えてあげるのが
良い様な気がいたします。