昨夜の事

ローマ法王が来日されましたね。

今回の法王のフランシスコ氏は
ちょっと気になっており
Netflixで彼のドキュメンタリー映画を発見し
昨夜観ました。

現在も質素なアパートに住み
バチカンまでバスで通っているという法王。

すごいカリスマ性の持ち主とお見受けし、
映画に引き込まれてしまいまして
無神論者の私ですが
涙が出ましたです。

「宗教って何なのかしらね?」と
母に電話をすると

「また始まった…。
めんどくさい子だね…。」と
嫌な顔をしている母が
容易に想像され

「要するにね、
貴方は暇なんですよ、余計な事ばかり考えて!
とにかく仕事に精進しなさいっ!」と
けんもほろろに電話を切られた(涙。

天井を見ながら色々と考えてみた。
(↑確かに暇だわな)

例えばアメリカでは
大統領就任式の時に新大統領は
キリスト教の聖書に手を置いて
職務を全うする事を
誓いますし

イスラム教圏の映画を観ていると
「(経典の)コーランに誓えるか?」なんていう台詞が
よく出てくるんですけれどもね。

こういった
何気ない事を見ていると

意地悪な言い方をすれば
彼らは
守るべきモラルや言動の基準に
神様を介在させないと
キッチリと出来ないんかなぁと
思ったり致します。

それに比べると
日本人はいちいち神様に誓わなくても
何となくの一般常識を
社会通念として持っておりますから
お行儀の良い民族だなぁと思ったり致します。

私の実家も嫁ぎ先も
曹洞宗ですが

徳川時代に
お上から
「キリスト教禁止!
違反ですよ!
さしあたりどこでもいいから
全員お寺に属する事!」という
回覧板がまわってきて

慌てたうちの先祖は
「近所の長泉寺でいいだんべぇ。近いから。」という
安易な理由で曹洞宗に決めたに
違いないと思っておりまして

また
実家には仏壇と神棚があり
祖母の代から
毎朝、お茶とご飯を
お供えするのが習わしとなっており
それでいて
御多分に洩れず
結婚式では
牧師さんの前で「誓います。」って
誓っちゃったという
比較的、日本人には多いパターンかと。

色々な宗教と上手にというか
いい意味で都合良く付き合う人種ってのは
これまた日本だけなんじゃないかなぁと
思ったりしております。